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湯浅建材(有) K 氏の個人的な日記。

湯浅建材(有)の社長K氏の個人的な日記です。 HPもご覧ください!⇒「http://yuasakenzai.web.fc2.com/」 
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:2009:04/16/15:42  ++  フィールド オブ ドリームス

昭和44年春

私たちは夢と希望で胸を膨らませ

憧れの野球部に入部した。

当時は町内に少年野球チームがなかったので

全員が初心者であった。

最初に教えてもらった事は

声だしと球拾いである。

その頃の校庭は低い隙間だらけの垣根があるだけで

どこからでも自由に出入りが出来た。

周囲はすべて畑であった。

夏には

米、麦、とうもろこし畑となり

秋には、さつまいも畑に変身する。

実はこの畑と私たち「球拾いのスペシャリスト」とは

密接な関係にあった。

打撃の得意な(?)先輩方の打球は

前には飛ばず、大抵は後方の畑の中に消えていった。

物資の少ない時代であり、貴重品であるボールは

必ず拾ってこないと怒られた。

私たちは、ファールボールが飛ぶ瞬間に

鋭いスパートをきり

無限に広がる畑に消えたボールを必死に探すのであった。

こうして俊敏な動きとボールに対する集中力、執着心を養っていった。

しかし

だんだん慣れてくると、要領を覚える。

ボールを探す振りをして、畑の中に隠れて休むのである。

特に、暑い日のファールボールは大歓迎で

ひとつの打球で4、5人は走る。

この時のスタートは、一級品である。

隠れながら遠く回り込んで水を飲みに行く者、

あらかじめビンに水を入れて畑の中においておく者

中には練習が終了するまで眠り込んで帰ってこなかった者もいた。

こうして、私たちの夢と希望はしぼみつつあった。

だが、私たちの献身的な努力(?)が

実を結び上級生たちが見事、県大会初出場を決めた。

舞台を大宮球場に移し力の限り声援したが

やはりスタミナ不足であった。

諸君、伊奈中の校庭にはたくさんの夢がある。

努力して掴むのは・・・ホレッ君だ!!




伊奈中創立50周年記念誌より

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