忍者ブログ

湯浅建材(有) K 氏の個人的な日記。

湯浅建材(有)の社長K氏の個人的な日記です。 HPもご覧ください!⇒「http://yuasakenzai.web.fc2.com/」 
忍者ブログ [PR]
10 2017/11 1 2 3 45 6 7 8 9 10 1112 13 14 15 16 17 1819 20 21 22 23 24 2526 27 28 29 30 12

:2017:11/19/10:04  ++  [PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

:2010:08/27/15:57  ++  無題


 
030.JPG.jpg







5月に中学校の荒地を畑に変える作業をしました。
車両の出入り口は無く小型重機を階段から入れました。



大型のラフターで、木の根やガラを排出したり、黒土を搬入しました。
プールの上を越えて作業をすすめている。
土を撒いている。


038.JPG.jpg



c6e29547.jpg













049.JPG.jpg
050.JPG.jpg











011.JPG.jpg



013.JPG.jpg8月見事なひまわり畑となりました。
来年は、野菜を育てるとのことです。



拍手[16回]

PR

:2010:08/07/15:48  ++  風景





 「ありがとう」















「明日 また会えるよね」













「遊ぼうよ」















「どこまでいく?」










 

拍手[10回]

:2009:04/16/15:42  ++  フィールド オブ ドリームス

昭和44年春

私たちは夢と希望で胸を膨らませ

憧れの野球部に入部した。

当時は町内に少年野球チームがなかったので

全員が初心者であった。

最初に教えてもらった事は

声だしと球拾いである。

その頃の校庭は低い隙間だらけの垣根があるだけで

どこからでも自由に出入りが出来た。

周囲はすべて畑であった。

夏には

米、麦、とうもろこし畑となり

秋には、さつまいも畑に変身する。

実はこの畑と私たち「球拾いのスペシャリスト」とは

密接な関係にあった。

打撃の得意な(?)先輩方の打球は

前には飛ばず、大抵は後方の畑の中に消えていった。

物資の少ない時代であり、貴重品であるボールは

必ず拾ってこないと怒られた。

私たちは、ファールボールが飛ぶ瞬間に

鋭いスパートをきり

無限に広がる畑に消えたボールを必死に探すのであった。

こうして俊敏な動きとボールに対する集中力、執着心を養っていった。

しかし

だんだん慣れてくると、要領を覚える。

ボールを探す振りをして、畑の中に隠れて休むのである。

特に、暑い日のファールボールは大歓迎で

ひとつの打球で4、5人は走る。

この時のスタートは、一級品である。

隠れながら遠く回り込んで水を飲みに行く者、

あらかじめビンに水を入れて畑の中においておく者

中には練習が終了するまで眠り込んで帰ってこなかった者もいた。

こうして、私たちの夢と希望はしぼみつつあった。

だが、私たちの献身的な努力(?)が

実を結び上級生たちが見事、県大会初出場を決めた。

舞台を大宮球場に移し力の限り声援したが

やはりスタミナ不足であった。

諸君、伊奈中の校庭にはたくさんの夢がある。

努力して掴むのは・・・ホレッ君だ!!




伊奈中創立50周年記念誌より

拍手[7回]

:2009:03/31/15:48  ++  夜の消防隊

昨年、大学野球界で4冠の偉業を達成した

我が母校のグラウンドがついに人工芝となった。

これで、神宮球場に合わせて

より実践に近い練習ができるものと

今年の活躍を大いに期待したい。



さて

我々の年代では同じ経験をしている人がいると思うが


なかなか練習が休みにならない。


雨が降ってグラウンドが使用できないと休みになるのだ。

夕方のテレビで雨の予報がでるのを心待ちにしていた。



ある日の予報で



「今晩は雨、朝方には止み、よい天気になるでしょう」



・・・・・・なんて予報がでたら、上級生から指令が飛ぶ


「今夜 出動!」


真夜中のグラウンドに1年生は集合した。

夕方から降っていた雨はすでに上がっていたが

グラウンドは濡れていた。

ホースを取り付け、放水開始

バケツリレーの者もいる

無言のまま黙々と作業は続く



「撤収!」



後ずさりしながら自分の足跡に水を流し

跡を残さぬよう引き揚げ

何も無かった様に寝床に潜り込む。



朝監督が来てグラウンドをじっと見つめている。



隣のラグビー場は乾いていた。



「外野にバッティングゲージを張れ」

と、指示が出た。

守備練習は出来ず、半日で終了。

冷や汗ものであった。



人工芝になったら

こんな苦労を(?)しないで済むのかな・・・・?


拍手[7回]

:2009:03/27/14:15  ++  原監督には負けてない!・・私のプチ自慢

10dd05b7.jpegWBC優勝!

本当におめでとう!!

初めて彼を見たのは甲子園に出場した高3の夏だった。

神奈川と同宿だったので夜になると宿の前の道は

バットスウィングと交流の場であった。

1年生の彼は長身だったが細く

クリッとした目が輝いていて

まさに野球少年そのものであった。

その夏ブレイクして一躍全国区へと躍り出る。

翌年

連続出場した後輩達が、準々決勝で東海大相模と対戦し

原選手には3本ヒットを打たれたが勝利を納めている。



それから3年後

大学に進学しそれぞれのリーグで優勝して

明治神宮大会で顔を合わせた。

原選手にホームランは打たれたが

我がチームが勝っている。

私は外野手だったので直接対決ではないし

話をしたことは無いが世界一の原監督には負けたことがない

拍手[6回]